岩見沢市立美園小学校3年3組学級通信

輝き! 2620088日(火)柳谷直明発行

 

 なぜ,「首をふった」のか

 教師が発問して,特定の子どもが答える。これを一問一答式と言う。一問一答式の指導では,落ちこぼれをつくる。なぜなら,特定の子どもの思考だけで授業が進むからである。

 実は,1年生の授業では一問一答式の場面が多かった。なぜなら,書けないからである。書く時間,つまりメモの時間がかかり過ぎる。そこで,どうしても一問一答式の指導場面が多くなった。それを反省して,1年生の後半からは,解を書かせて来た。

 解を書かせると時間がかかる。しかし,それで全員の思考を保障できる。決して思考速度の速い子の解が妥当とは言い切れない。むしろ,すぐに正解が答えられるのであれば,その発問は易し過ぎるとも言える。

 じっくり考えないと答えられない発問が全員の思考を深める。

 発問―挙手氏名式指導から発問―作業氏名式指導へとは,野口芳宏先生が主張されている指導法の一つである。

 ノートに解を書かせると,口頭発言の前に,記述発言を保障できるのだ。一人一人の記述発言を教師が机間巡視で読み,評価する。そして,その後の授業展開を組織する。

 

 「さおりはむっとした。」

 なぜ,むっとしたのか。ノートに書く。

 

 このように発問と指示を一緒に言う。そして,全員の思考を評価して歩く。教師が授業中に座って指導している場面を見る。大学の授業でも,座ったままする講義が批判されている。それを小学校で行っているのはどうかと思う。

 子どもの記述,表現を評価し,授業展開を組織する。

 倉君の意見が多かったので,倉君に発言させた。

「驚いたから。」

 驚いたと思う人は○,違うと思う人は×をノートに書く。

 

 ここでも,全員参加を保障する。全員に作業を課すので全員参観の授業になる。全員参加が落ちこぼれを無くす。

 

 ×の子が8人いた。○も間違いでは無い。しかし,より深い考えに至らせたい。そこで,×の子に反論させる。

 23人の子に反論させた。倉君は再反論できないで考えていた。

「ゆきひろは見ていたのに見ていないふりをしたからさおりはむっとしたのです。」

 みみちゃんが言った。

A 驚いていたから。

B 見ないふりをしたから。

AとBで選択させた。全員がBだった。全員がこの意見になった。この意見で討論は終了した。

見ていない

見ていないふり

「ふり」の意味を指導した。

 

12文ずつ,音読を評価しながら進めた。上手では無い子もいたが,あまりとやかく言わないで進めた。

 

「さおりは,またむっとした。」

同じような記述がある。そこで,再びノートに書かせた。なぜ,むっとしたのか。

さっき書いたばかりなのに,また分からない子がいた。このように,一度指導しても,すぐに忘れる。または,よく分かっていない子もいる。だから,何度も指導する必要がある。または,自学で復習するのが効果的なのだ。

解は「考えたふりをした」からである。「ふり」というのがヒントになる。

 

「首をふった。」

 なぜ,首をふったのか。ノートに書く。

 

 これも面白い発問だった。解が書けない子が何人もいた。書かせていると時間がかかる。そこで,最大2分間で止める。書けない子には,赤で書かせる。そして,次に期待する。

 

 首を振ったのだから,イエスかノーかだ。

 違う。これを書かなくてはいけない。これが表層義だ。更に深い意味を考える。深い意味が深層義だ。

 深い意味はたくさん考えられる。

 

 ぼくは見ていないよ。

 本当は見ていたよ。でも,見てない振りをしているんだよ。

 

 このように,書かれていない心を読む。それが深層義だ。

 書かれている心,行動から心を読む。これが深層義だ。

 人間は大きく二つに分かれる。心と体だ。体の動きから心が読める。書いていない心を読むのが物語を読む楽しさだ。

 

 対話の動作化をさせて盛り上げて終えた。

 金曜日にも,表層義と深層義の指導をします。保護者の皆様も,物語を読む楽しさを味わいませんか。よければ,授業参観にもいらっしゃって下さい。

 この子達との授業は最高に楽しいです。こんな楽しい授業は今後経験できないでしょう。